大気をつくりだす/一枚の葉として
かつて、遠い昔、23億年ほど前、地球の大気に酸素はまだ少なかった。光合成生物が酸素を少しずつつくりだし、やがて酸素が大気に満ちて、その酸素を使ってエネルギーを生み出す生物が飛躍的にその活動範囲を広げ、いまの生物世界ができた。
いまの大気に酸素が20%含まれていることは、当然と思われている。多くの動物も、それを前提に「設計されている」。まさに、空気のように、そこにあって当然のもの。でも、それがないと、なにも進まないもの。それは最初からそこにあったのではなく、植物によってつくりだされたものである。
ALGODeQは、その、まだ酸素の少ない世界で、酸素をつくりだす働き、をしようとしている。
「アルゴリズミック・デザイン」は、やがて、いま「設計」と呼ばれている活動にとって、いまの空気の、ように、そこにあることが当然で、あることは意識もされず、ふだんは名前も呼ばれない、そういう存在になるだろう。
わたしたちの存在と活動に不可欠の、大気。
わたしたちの世界をよりよく生成するために不可欠の、アルゴリズミック・デザイン。
どちらも、意識せずに、しかし、いつもそこにある、欠かせない存在。
ALGODeQは、アルゴリズミック・デザインという「大気」をつくりだす、その、植物世界に芽生えた双葉、である。
この若芽はやがて、大きく成長し、木となり森をつくる、ことだろう。
アルゴリズミック・デザインとは何か、その定義については、要項とその主旨文に記した。
解くべき課題に、制限はない。個人の美学から都市や社会の問題、人類の未来から宇宙の進化まで、対象は無限だ。その無限の対象の中から選び出した「課題」が、本人以外の他者にも同様に、解くべき課題として共有されること。それが、「課題」の価値、である。
「方法」の価値は、分りやすい。かつて示されたことのない新しい手法、よりスマートに課題を解くことのできる技法、いままで解くことのできなかった課題を解く方法、それが求められる。
「成果」は、多くの場合、デザインになる。あるいは広く、文学や音楽のような創作物のかたちを取ることもあるかもしれない。
そして、8つの評価項目のひとつ、「Genetic influence=伝播性」は、それらの「課題発見-方法開発-成果提示」のセットを、他者が使い、改良し、そこから啓発され、飛躍し、さらに次の世代のセットを生み出すことができること、である。
それは、「アルゴリズミック・デザイン」の進化のプロセスであり、このプロセスが可能であることが、「アルゴリズミック・デザイン」の、従来の建築思潮とは異なる、最大の特性なのだ。
さて、そうした理念と檄文のもとで応募され、そして選ばれた案は、どうであったか。
応募登録者数は世界43ヶ国から190名で、そのうち、プログラムの応募は世界19ヶ国から40件(無効含)であった。そのレベルは総じて高いものであった。設定した条件を解くオリジナルなプログラムを作成しその成果を示して応募する、という、コンペとしてはたいへん障壁の高い条件を満たしての応募であることを考えれば、概ね期待に応える結果だったといえよう。その点でまず、ALGODeQの目的の一端は達成された、といえる。
その審査は、二段階で行われた。
一次審査と二次審査(最終審査を含む)の委員には重なりがあるが、同じではない。(審査員名は Jury process 頁参照)
要項の規定に準拠して、応募者と審査員が同じ学部等に所属する場合は、その審査員はその案の審査は行わず、それによる審査員数の違いは、票の合計時に係数で調整して公平さを確保した。一次審査は応募作品のPPとmovieにより行い、全16点(QP13点、QA3点)を選定した。二次審査はこれらのプログラムを稼働させて行い、受賞対象全11点を選定した。そして最終審査として、各賞を選定した。
この、「プログラムを稼働させての審査」では、素直に稼働しないプログラムも多く、(予想されたこととはいえ)審査員にかなりの負担となり、審査員から脱落?した委員もある。また一部のプログラムは、どの審査員のPCでも稼働しなかった。この場合も、要項の規定により、他の応募マテリアルを用いて審査した。これら一連の、マテリアル入手、審査、投票、意見交換、とも、すべて、各審査用のサイト上で行われた。
また、異なる方向性を持つ応募案を、どう比較評価するのか、そこにも審査の困難さがあった。
このように、ALGODeQは、応募者にとってと同様に、審査員にとっても難易度の高いコンペティションであった。
多忙な学務や業務の中で、この、タフな審査過程をオンタイムで遂行頂いた審査員の方々、そしてALGODeQの遂行に尽力頂いた委員の方々には、審査委員長として深く感謝したい。
こうした過程で進められた審査であったが、審査過程頁に示したように、一次審査・二次審査とも、各委員の選考結果は、概ね近い範囲に収束している。これは審査員が相談した結果ではなく、各委員が(ALGODeQの主旨に基づいて)独自に判断した結果である。その分布に収束性があるということは、選考結果の「確度」を示すものといえるだろう。
要項では、ALGODeQの賞は、賞金のあるグランプリ1点と、カテゴリライズされた複数の名誉賞を予定していた。(ただし、その変更はあり得るともしている)
二次審査後の最終審査で、この賞の方式を再度検討した。グランプリは、他の応募案を圧倒する画期的な案を想定していた。もとより、そうした案の出現頻度が高くはないことは自明である。また、案全体のレベルが高ければ、相対的に突出案は見つからないことになる。
今回の選定案は、全体的にレベルが高いこともあり、そうした隔絶的な案はなかった。そこで、グランプリ1点を選ぶ代わりに、それぞれ特徴的なカテゴリーでの最高賞3点を選ぶことにした。賞金は、同額をこの3案で按分する。他の、カテゴライズされた名誉賞は、予定どおりである。その中には、学生応募者を激励する意図での、「学生賞」も設定した。
各審査のスコアを別途掲載している(Jury process 頁参照)。
惜しくも受賞を逃した案も含めて、ALGODeQの求めた容易ではない「航海」に果敢に挑戦した応募者の方々の、意思と見識に、敬意と感謝の意を表する。
上記の、対象領域、方法、成果、そして伝播/展開可能性を、ひとつの軸で整理することはできない。そして、これらのセット相互の価値を比較して優劣をつけることも、容易ではない。これは当然、最初から予測されたことである。そしてこの、「多様性」、自体が、ALGODeQの意図のひとつであり、それが期待通りに達成されたことが、ALGODeQの成果のひとつである。
ALGODeQの要項を作成するにあたり、複数のカテゴリーを設けることも考えた。しかし、カテゴリー分けはせず、成果が実際に建築されたか否か、という点だけを、QPとQAのふたつに分けることにした。細かいカテゴライズをしなかったのは、そうした類型に囚われない、主催者の予測を上回る可能性を留保したかったからである。同様の理由で、一部の委員から求められた類例やイメージの事前提示も避けた。ALGODeQのウエブサイトにも要項にも、一切のイメージは挿入していない(経時的リンクの3D擬似ゲーム以外は)。そこにはただ、テキストがあるのみ、で、そのテキストから、応募者が自由にイメージを描いてくれることを期待した。そしてその中から、カテゴリー体系が自動的に生まれることを期待した。
その結果として「生まれた」のが、下記9項目の類型である。
下記各項の類型名称は、「対象領域/使用するシステムまたはもうひとつの対象_行為・作用」で構成されている。
各案とも、そのどの面にどの程度注目するかにより、姿を変える。平面上には表現できない。そこで、複数のキータームのリンクを3D空間に表示する、動的なサイトも用意した。(Linkage 頁参照)
各案については、下記のコメント以外に、それぞれ審査員1名によるレビューを別途掲載している。(Award/Prizes - Scroll - Linkage 頁参照)
期待された領域のひとつは、形態生成である。
この領域では、ある形態から別の形態を生み出す、形態変換プログラム、が2点ある。
審査員の評価の高かったdi047 「Imitation」は、2Dの画像から3Dの形態を生成するというアプローチが面白い。
ay139 「Probabilistic Instrument」は、3D形態から別の3D形態をつくり出す。
これらは共に、ある形態を別の形態に「翻訳」するプログラムともいえる。ひとつの世界での、ある言語で綴られた文(=形態)の意味と価値を、別の言語体系下でどう読むことができるか、それが問われる。何のために、何を選び、それをどう成すのか。万能翻訳機を目指すのもよし、翻訳による創作を目的とするのもよし、さらなる進展が待たれる。
要項の主旨文にも記したように、プログラムで「うつくしい形態」をつくることは容易ではない。それは、「うつくしい」の意味が定義できないからだ。しかし、容易ではないからこそ、挑戦のし甲斐がある。次回に期待したい。
要素の操作によって条件を満たす多様な形態を作成し、生産・建設用の実務データ作成まで行う方向。
ln258 「iGeo」 はすでに名の知られたプログラムであり、agentによる自動形態生成、デジタルファブリケーション、構造力学上の処理等、複数の分野で、他の設計者との協同で建築を実施した実績を持つ。そのレベルは審査員から高く評価され、汎用性の点からも、最高賞の候補のひとつであった。
QA部門のld220「Shift Frame Solver」は、設計者の意図を実現するための適確なロジックとプログラムを作成し、幾多の課題をクリアして見事に実施している。これについては3-10項で記す。
構造力学上の合理性を持つ、形態・架構をつくりだす方向。
my185 「RhinoVAULT」は、汎用的な機能を持つ、高名なアプリであり、デザインの過程で設計者自らが構造力学を処理できるプログラムだ。これについては4項で記す。
gp028 「Agent Freeform Gridshell Generation」も、agentを用いて力学的合理性を持つドーム狀の架構を作成する優れたプログラムであり、同様に汎用性を持つ。
いずれこうした機能は、CADに標準装備されるか、アプリの連携により一体的に利用可能になることだろう。その嚆矢として、このふたつの応募案の意義は高い。
アルゴリズミック・デザインのための汎用基盤技術、の方向。
tu142 「Kangaroo」は、優れた物理シミュレーションのプラグインとして定評があり、広く使われている。これについては4項で記す。
多対多の要素間の、選択・分岐とマッチングにより、適合解を求める方向。
vk222「lmn architecture」は、いわば市場原理によるデザイン選定を行う。これについては4項で記す。
jl244「Public Mall」は、既存の建築の各部を部品として登録し、新規建築に再利用するための分配を行う。既存建築を物理的に分解して柱や梁のパーツに戻し、再度、柱や梁として使うことは、伝統的な日本の木造建築では行われている。そうした木造建築では、部材の接合を釘や接着ではなく、部材の物理的な変形を伴わない「噛み合わせ」により行っているため、分解/再組み立て をしても部材劣化が少なく、また再加工も容易である。しかし接合方式の異なるRCや鉄骨造でこれを実行するのは容易ではない。実効性は少ないと思われるが、学生の作品として、その着眼点を評価した。
指定環境下での、要素の関係と行動特性を設定し、その結果を視覚化する方向。
kd195 「Street View」は道路ネットワークを指定条件で可視化する。ヒトの脳の感覚処理パートで最も多くの容積を占めるのは視覚処理機能である。世界の関係性を理解するために、ヒトは可視化という翻訳を必要とするのだ。このプログラムはその領域に寄与する。
zb152「QUE」は、忌避・誘引等のアイテムを配置した環境での、エージェントの挙動を示す。
カジノ、ホテル、等の、相反性も含む具体的な機能の設定に、今後のゲーム的な展開も想定される。
機能単位の、属性と相互関係の設定により、それらの適正なレイアウトを得ようとする方向。
ir165「3D PRINTING HOUSE」は、住宅の部屋を空間単位とし、そのサイズや位置を変えながら、有効な配置を得る。さらにファサードデザインから3Dプリントまで一貫して作成する意欲を見せている。QAのdr144「EAST & WEST」もこの方向であり、今後の可能性の高いプログラムと思えるが、試行可能なプログラムがオートランに近いため、審査過程では性能を十分には判定できなかった。
同じQA のnn196「c-eyes」については、3-10項で記す。
こうした方向は、建築設計のプランニングに直接寄与する。今後さらに望まれるアプローチといえる。要項に記しているように、その方法を使うことで、使わない場合に比して、何がよりよくなるのか。その自己評価をフィードバックしてアルゴリズムを進化させていくことに期待する。
機能要素の、挙動と相互関係の設定により、空間・形態を生み出そうとする方向。
fw212 「Complex Morphologies」はagentによる粒子の軌跡から樹状の形態を生成するプログラムで、実際の建築設計にも用いられている。グラフィックがとても美しい。パラメータ指定以後の結果は理解可能として、何のために、という「目的」をどう定めるか、の進展を待ちたい。
行動様式の異なる体系間での、リアルタイムコミニュケーションを可能にする方向。
rs230 「Boot The Bot」はロボットの挙動操作を容易にするプログラム。こうした、ひととキカイをつなぐインタラクティブなプログラムは、4項のインフラストラクチャと同様に、アルゴリズミック・デザインの進展の基盤技術であり、今後さらなる進展が期待される。
ld220「Shift Frame Solver」は設計者の意図を実現するために適確なプログラムを作成し、見事に実施している。ここでは、設計からプログラム作成への流れは明快だが、その逆方向は定かではない。これだけの高度な技術を活かして、次回は、アルゴリズム/プログラムの方からデザインコンセプトを生み出す回路を、ぜひ期待したい。
nn196「c-eyes」は設計者自身がプログラム作成者でもあり、その点で、設計コンセプトとプログラムに相互性と統合性がある。グラフィックも繊細で美しい。このプログラムは、より大規模で多様な条件の建築に適用した場合に、その真の威力を発揮するように思われる。次回に期待したい。
応募案は多様である。
賞の選定に際しては、既存のプラグインアプリケーションをどう扱うか、という点が検討された。要項ではプラグインの応募はもちろん可能であり、既発表のプログラムも受け付けることにしてある。この問題は、「それを用いて他者が何かを行うためのツール」と、「ツールを用いて何かをどうにかする方法」を、区別するかどうか、ということである。
二次審査で高い得点を得たtu142「Kangaroo」は、「解くべき課題」として「物理シミュレーションという広範囲な課題を設定している」と見れば、その課題を解くための、有効で(それまでになく)容易な方法を提示し、広く使われて、その子孫を生んでいる、のであるから、ALGODeQの評価に十分値することになる。
一方、「Kangaroo」 はデザインに関わる部分的な課題を解く「道具」であり、それでどんな課題を解くかはその利用者次第なのだから、「Kangaroo」の「新しい利用方法と成果」をこそALGODeQで提示すべき、という見方に立てば、「Kangaroo」はALGODeQの対象ではなくなる。
この話題を進めていくと、デザイン用のすぐれたアプリケーションと、それを使ったすばらしいデザインを、同列に比較評価できるか、ということにもなり、さらには、いずれは、デザインもできる人工知能と、ひとつの美しい設計作品、を比べる、というようなことにもなるだろう。
それはテーマとしては面白いが、今回のALGODeQではそれ以上の隘路に入り込むことはせず。「Kangaroo」 は、「アルゴリズミック・デザイン領域に貢献する、すぐれたインフラストラクチャ」としてとらえた。 ハイウエイやパワーグリッドのようなインフラストラクチャ/システムと、その上で走るビークルやパケットという機能体/プログラムは、そのどちらもALGODeQの対象となる。
その視点から、「Kangaroo」 は、最高賞ALGODeQ Awardに相応しいものとした。
(従って、次期ALGODeQ 2は、GrasshopperとProcessingの応募をも歓迎するだろう。
さらに、Linux, Python, C++、そしてその先には、来るべき「知能CAD」の応募も・・・)
二次審査で最も多くの得票を獲得したmy185 「RhinoVAULT」も、汎用的な機能を持つ、高名なアプリである。デザインの過程で構造力学を処理できる高度な正統派プログラムとして、敬意を持って、最高賞を贈ることにした。
いうまでもなく、構造設計は、形態/空間デザインと並んで、建築の基本形態を決定する両輪である。しかし、構造設計はエンジニアリングの性格が大きく、芸術系のウエイトの大きいデザイン系の設計者が構造設計を行うことは容易ではない。もちろん、だからこそ両者のコラボで設計は進められるのだが、デザイン系の設計者が構造設計を扱うことができれば、コラボもスムーズに進む。筆者も、構造力学と形態/空間デザインを統合して力学的な「高適解」(最適解)を得る「形力 KeiRiki」シリーズを2004年から発表している。「形力」では、形成した形態を、(総重量が)最軽量の構造部材で成立させる。「RhinoVAULT」では、形成した形態に対して、指定した応力/部材で成立するように若干の形態変形を行う。方向は異なるが、大きな目的は近い。
「RhinoVAULT」には、さらに容易なインターフェースと、対象・機能の拡張を期待する。
その成果を受けて、次期 ALGODeQ 2を発進させる準備を進めている。
詳細はやがて公開される。
未知の世界へ向けての航海は、さらに続く。
多くの気概ある探求者たちの、勇気ある乗船を期待する。